モングルに行くきっかけ
ちょうど夏休みの旅行を何にするか考えているとき、最初に予定していたのは新潟の海に行くことだった。
去年の子どもの冬休みに北海道に二人旅をしたことをきっかけに、休みの旅行は男二人旅をする流れになっていた。
子どものことを考えると海などアクティブな行き先にすることが、選択肢になっていた。
6月の上旬にはすでに旅の行き先を決めて、少しずつ旅行の準備を進めている状況だった。
義理の母親の紹介で仕事のことなど相談に乗ってもらっている際に、モンゴルには何度も行っている話になった。
なんの気なしに聞いていたが、その方の口癖で、「人生はあっという間に終わるから、やれるときにやっておくことだよ」という言葉が心に残っていた。その日は実家のテラスづくりがあったので、急いで戻り、また忙しく日々を過ごしていた。
数日後、ずっともやもやしていたが、モンゴルのことが忘れられず、検索サイトで見たり、実際の旅行の準備などを調べたりしていた。
その中でモンゴルの遊牧民の生活を見ていると、なにもない草原の中でどんな生活をしているのかと興味が湧いてきた。そして、モンゴルに行きたいと家族に打ち明け背中を押してもらった。
モンゴルの大地で感じた、暮らしと文化と風
成田空港を飛び立って数時間。窓の外にはどこまでも続く茶色い大地が広がり、雲を突き抜けると、ぽつんとウランバートルの街が見えてきた。
着陸と同時に感じたのは、真夏とは思えない涼しさ。20度台の空気はさらりとしていて、日本の蒸し暑さとはまるで別世界だ。
ウランバートルの渋滞と車事情
空港から街までは舗装された道を快適に走る。ところが市内に入った瞬間、景色は一変。どこもかしこも車でぎっしり、信号が青でもなかなか進まない。路上駐車は当たり前、駐車場なんて探すだけ無駄らしい。
そして目に飛び込んできたのは、日本車の多さ。特にプリウスは圧倒的で、悪路でも元気に走っている。韓国人観光客にはロシア製の四駆ワンボックスが人気らしい。屋根に登って写真を撮る姿も見かけた。
日本語が通じる安心のホテル
最初の宿は、日本人オーナーのホテル。受付に立つスタッフは流暢な日本語で迎えてくれた。ユニットバスにはウォシュレット付きトイレ、大浴場、日本食レストランまである。ベッドはふかふかで清潔、部屋には冷蔵庫も完備。近くにはショッピングモールやコンビニもあり、海外にいることを忘れてしまうほど快適だった。
亀岩──隠れたパワースポット
次に向かったのは、地元の人もあまり知らない「亀岩」。岩の上に岩が重なり、まるで巨大な亀の頭のように見える。大岩の足元には雪が積もらないといい、パワースポットとして密かに知られている。
狭い岩の通路を登ると、中腹まで行くことができる。途中、人が一人やっと通れる隙間を抜けると、ハーブの香りがふわりと漂った。




馬と歩く森の道
森を抜け、丘や山を超えて馬と歩く。馬の背は左右上下に揺れ、一定ではない。そのため、姿勢を正して座るのが思った以上に難しい。尿をするときは必ず立ち止まり、糞は歩きながらでもするというのは、この旅で知った面白い事実だ。
馬は賢く、乗る人間を試してくる。自信を持って声をかければ、すぐに信頼してくれる。生き物の背に乗って進むと、不思議と一体感が生まれる。



チンギスハーン記念館
青空の下、遠くに銀色の巨大な馬上の像が見えた瞬間、思わず息を呑んだ。これがチンギスハーン記念館。ムチを拾った場所に建てられたという。
像の中を通って馬の頭まで登ると、足元にはモンゴルの大地が広がる。衣装を借りて写真を撮れば、まるで時代を遡ったような気分だ。

テルジ国立公園でゲルに泊まる
国立公園の斜面に立つゲルの村。部屋にはベッドと冷蔵庫があり、ゲルならではの雰囲気を味わえる。夜は星が輝くが、ビレッジの灯りが強く、真っ暗な星空は見られなかった。
朝食は洋食中心のバイキング。敷地内では馬や牛がのんびり歩き、風に乗ってハーブの香りが漂ってくる。


遊牧民の家へ
ゲルに入るときは右足から、出るときは左足から。中央の柱の間を通るのは禁止。挨拶は嗅ぎタバコの交換から始まる。
ゲルは81本の骨組みで支えられ、フェルトの壁で保温性も抜群。南向きに建てられるのは、中国を向く意味と北風を避けるためだという。


旅の終わりに
今回の旅では、日本語が通じるホテルから、自然と一体になれるゲル滞在まで、モンゴルの多彩な表情を味わった。
渋滞や未舗装道路、独特の文化も含めて、この国はとにかく奥が深い。ガイドがいなければ体験できなかったことも多く、彼の知識と人柄に助けられた。
モンゴルはただの観光地ではない。人、文化、自然──その全てが、訪れる人の心に深く刻まれる国だ。
